名古屋・熱田「尾張名古屋は家康でもつ?」(ブラタモリ #76 )

名古屋・熱田編は、案内人の山村亜希さんを筆頭に「尾張名古屋は家康でもつ?」という今回のテーマを紐解いていくというものです。名古屋が繁栄しているのは家康のおかげなのか、という疑問をテーマに掲げ、名古屋にある熱田神宮の宝物館に残る書状を皮切りに繁栄の謎に迫っていく内容となっています。

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名古屋城

尾張の城と言えば清須城でありましたが、徳川家康はその南の地に名古屋城を建設しました。名古屋城本丸の延床面積は全国1位。

日本100名城の一つである名古屋城は、徳川家康の天下統一最後に築城した大阪城と熊本城に並ぶ三名城の一つでもあります。金鯱城(きんこじょう)、金城などの別名を持ちます。また、特別史跡に指定されており、知らない人はいない名城です。徳川御三家である尾張徳川家17代の明治の時代まで使用されていました。現在、本丸御殿、天守閣、馬出、本丸多聞櫓などの修復や復元をする整備計画が進められています。

ブラタモリ名古屋ロケ地②搦手馬出
名古屋城の案内図
出典:

まず、搦手馬出(からめてうまだし)とは、出入りを敵に知られないための城前にある空間(馬出)のことです。馬出があることで、攻撃が高まるとともに防御も高くなります。石垣で城の周りを囲むことで城内の動きを隠すことができ、馬出の存在から侵入がしづらくなるといった利点があります。現在、名古屋城では石垣の崩落の危険性から馬出周辺の改修工事が進められています。詳しくは名古屋城のHPをご確認ください。

次に、タモリ一行は徳川家康が作った城下町を巡りました。名古屋の城下町は碁盤の目になっている綺麗な街並みが広がります。家康は、「商業の町」として繁栄するように碁盤目を多く作りました。1610年に名古屋城創健と共に城下町も作った家康は、清須の町から名古屋城の城下町と変貌させ、清須から5万人もの人々を移転させる清須越というものを成し遂げたのです。家康が抱いた繁栄の街並みがそこにはありました。

熱田神宮

熱田神宮は、646年に創建され、主祭神には三種の神器の草薙剣が祀られている神社として有名です。また、相殿神には天照大神(あまてらすおおかみ)、素盞嗚尊(すさのおのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)、宮簀媛命(みやすひめのみこと)、建稲種命(たけいなだねのみこと)が祀られています。熱田神宮の主な祭事として、歩射神事、御煤納神事があります。境内にある樹木も神聖なものばかりです。

名古屋駅

名古屋駅はもちろん、名古屋駅周辺にはたくさんの観光スポットや施設があります。名古屋駅前には「大名古屋ビルヂング」という高いビルがあります。屋外型展望施設のスカイプロムナードは夜景が見えるデートスポットにもなっています。駅前には明治43から続く柳橋中央市場があり、約400店舗のお店が集結し朝市も開催しています。名古屋市民から長年親しまれてきたシネマスコーレという小さな劇場もあります。

名古屋のおすすめスポット

蓬莱健(ほうらいけん)

名古屋に行ったら蓬莱健!と言うくらい有名な、名古屋名物であるひつまぶしを食べられるお店「蓬莱健」。140年の味がそこにはあります。明治6年に創業して以来名古屋の人以外にも親しまれている蓬莱健のひつまぶしは、行列ができる人気店となりました。”ひつまぶし”という名前は、蓬莱健の商標登録としての呼称なのを知っていましたか?明治期に確立された”ひつまぶし”という名前と食べ方は現在も私たちに受け継がれています。

四間通(しけみち)

名古屋市西区にある堀川沿いのことを四間通と言い、道幅を四間(7m)にしたことでその名が呼ばれることになりました。四間通は、石垣に土蔵という景観が統一された町家が並ぶ江戸時代を連想させる街並みが有名です。四間通には情緒溢れるカフェやレストランがあり、観光客には大人気の観光スポットとなっています。古い街並みの四間通にあるレストラン四間道レストランマツウラは、検索するとトップに出てくるフレンチです。

円頓寺(えんどうじ)

円頓寺は名古屋市西区那古野にある商店街です。長久山圓頓寺の門前町として住人に親しまれています。レトロな雰囲気が味わえることで観光客に人気のスポットの円頓寺は、1654年に創建された圓頓寺(えんどんじ)という日蓮宗のお寺があります。2015年にはフランスのパリにある商店街パサージュ・デ・パノラマと姉妹提携をしたことでも話題になった商店街です。秋にはパリ祭が開催されるなど国境を超えた盛り上がりをみせます。

七里の渡し(しちりのわたし)

北から南に進んできたタモリ一行は、七里の渡しへと向かいます。七里の渡しとは、江戸時代に完成した五街道の一つである東海道五十三次、宮宿から桑名宿までの海路で、国が管理をしていた道のことを指しています。七里の渡しの名前の由来は、移動距離が約7里(27㎞)あったことからそう呼ばれました。七里の渡し周辺にある江戸時代に栄えていた熱田宿は、その面影はなく現存する旧旅籠の丹羽家住宅は有形文化財です。

トヨタ自動車名港センター

愛知名古屋と言えば、言わずと知れたトヨタ自動車の街。1997年から自動車・航空機・電子機械などの物づくりの製造品出荷では日本一の名古屋。ものづくりの街、トヨタ自動車名港センターに続くものづくりの謎の地堀川上流の材木店へタモリ一行は訪れました。名古屋港にあるトヨタ自動車名港センターは、製造品生産高43・8兆円と日本一。木材から現在の自動車の部品になるヒントを得た創業者豊田佐吉の知恵がありました。

閘門(こうもん)

名古屋の物流を支えた2つ閘門は、混雑を避けるための役割を果たしました。水位の調節を計るために山王駅付近に建てられた北側の閘門、名古屋港付近に建てられた南側の閘門に中川運河が作られたのです。連絡通路となっていた堀川は、海面の水位によって干潮時や満潮時に影響がありましたが、中川運河が作られてからは水位に関係なく滞りない物流システムが完成しました。閘門を抜けると運河は名古屋港に繋がっています。

東山動物園

次にやってきたのは、東山動物園です。東山動物園は、1937年に開園した市営の動植物園です。上野動物園お次に年間入場者数が多い約240万人です。また、園内の飼育種類数は日本一と物づくりに劣りません。所在地は、古墳時代から室町時代には陶器の一大産地だったことから、東山動植物園ではたくさんの陶器の破片が発見されました。瀬戸、多治見、常滑の有名な陶器の原点は、名古屋の丘陵地帯であると考えられています。

タモリは本当に名古屋が嫌い?

タモリさんが名古屋嫌いというのは知っていましたか?今回、名古屋でロケをするにあたり視聴者からは「タモリが名古屋に来た!?」と話題になっていました。80年代に沸騰したタモリさんの名古屋に対するブラックジョーク「エビフリャー」「ミャーミャー」などが蒸し返されたこともあり、タモリさんの名古屋に対する思いなどが注目されました。

また、「みゃー」という響きがうるさくて汚いなどという理由で嫌っていたという説もあります。80年代のタモリさんの芸風は、今の若い世代には知られていませんが、有吉さんのような毒っ気があり、ブラックジョークで揶揄するという芸風だったのです。そんな背景があり、未だに「タモリは名古屋嫌い」という印象が色濃く残っているのでしょう。

今回のブラタモリ名古屋熱田編をキッカケに、名古屋からは「宿敵タモリ」「名古屋イジリの元凶」「歴史的和解」などと話題にされました。2016年には、「行きたくない街ワースト1」に選ばれてしまった名古屋。そんなこともあり80年代を思い起こさせ話題となった節もあると考えられます。

また、過去には名古屋の人から脅迫状がタモリさんお元に届くなどした事件があり、そのせいもあってか名古屋嫌いというイメージがついたのでしょう。ですが、今回のブラタモリ名古屋・熱田編では「名古屋が嫌い」などという雰囲気は微塵も感じとることはできませんでした。ですので、「タモリは名古屋嫌い!?」というのは噓だと言え、タモリさんの”笑いに変える芸風”から言われたものでした。

タモリの発言で名古屋の知名度上昇!

2016年に「行きたくない街ワースト1」に選ばれた名古屋は、「大いなる田舎」「ジョークタウン」「日本3大ブス産地」などと言われた過去もあり、知名度や好感度は芳しくない状況でした。ですが、前章の一連の事柄から名古屋の良くないイメージを作ったタモリさん本人が自身の冠番組「ブラタモリ」で特集をするということで、「行きたくない街ワースト1」を払拭するべくタモリさんの力を借りた名古屋。

今回のブラタモリ名古屋・熱田編では、名古屋市とNHKがタッグを組み大々的に宣伝をしたこともあり話題沸騰となりました。「行きたくない街ワースト1」に選ばれてしまった名古屋市にとっては今回のブラタモリでは汚名返上といったところでしょうか。名古屋市では、ブラタモリ放送前に1万枚の宣伝ビラを配り、街ではブラタモリのラッピングをしたバスが走り、また、名古屋城にはブラタモリのパネルを置いたりもしました。

名古屋テレビ塔でのイルミネーションもブラタモリの宣伝をし、他に類を見せない大々的な宣伝をした名古屋市の力の入れようは過去1と言ってもいいでしょう。今回のブラタモリ名古屋・熱田編は、名古屋市にとったら知名度や好感度を上げることができる千載一遇のチャンスだったのです。番組放送後も「名古屋ブラリMAP」といった、名古屋城や熱田神宮を巡れるMAPの作成をする気合の入った広報活動は続きます。

タモリの知り合いには名古屋人が多い?

ブラタモリの番組冒頭では、名古屋に知り合いが多いことを明言していたタモリさん。また、ネイティブな名古屋弁も披露するなど、過去の因縁がなかったかのようです。「名古屋嫌い」というタモリさんのイメージとは裏腹に名古屋城や歴史に関しての知識や洞察力を披露したタモリさんは、名古屋の方からの好感度が上がったことでしょう。名古屋とタモリさんの関係が相互に向上したこと間違いなし。

ここまで、ブラタモリの名古屋・熱田編のロケ地を紹介してきましたがいかがでしたでしょうか。ロケ地となった熱田神宮や名古屋城には尾張名古屋と呼ばれた所以がありました。歴史がある街名古屋は、今も尚繁栄をし続けています。ブラタモリをキッカケに名古屋についてもっと深い部分を知りたいと思った方もいるのではないでしょうか。ブラタモリでは他にも様々な場所を訪れていますので他の特集もご覧ください。

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